中央銀行、インフレ、消費者物価上昇、ウクライナ – トーキングポイント
- 世界の物価は過去数十年間見られなかったペースで上昇している
- かつては問題のなかった中央銀行によるインフレの舵取りはうまく機能していない
- これまでのような物価の安定が戻ることはなさそうだ



世界のインフレは数十年間、前例のない安定ぶりを見せてきたが、このところの上昇は目を見張るものがあり、中央銀行が物価をうまく抑制できているとは言い難い。世界の金融の守護神と言える中央銀行が物価抑制に成功するかどうかにかかわらず、世界はすでに変化し、あらゆる金融資産に重大な影響を及ぼしている。
本稿執筆時点では、10月の米消費者物価指数の上昇率は8.2%である。ユーロ圏では9.9%、英国では10.1%という驚異的なインフレ率である。デフレが定着していた日本でさえ、消費者物価は3.0%上昇している。
1994年から2021年まで、エネルギーと食品を除いた消費者物価指数は、欧米ともに一度も3%を超える上昇を記録したことがないことを考えると、その深刻さがわかる。
米消費者物価の上昇率(前年比)

資料:TradingEconomics, 米国労働統計局
市場に一言言えばよかった時代は終わった
長い間、中央銀行は神業と言っていいような能力を持ち、世界の市場を操る魔術師のようだと賞賛されてきた。中央銀行の総裁たちは、その称賛を楽しんでいるようなそぶりを見せていた。
アラン・グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、株式市場の強気な動きを抑えるために、投資家の「非合理的な高揚」を憂慮するだけでよかった。欧州中央銀行(ECB)のジャン=クロード・トリシェ元総裁が「非常に警戒している」と発言した際、市場関係者は来月、利上げが実施されると確信し、それを見込んで行動した。後任のマリオ・ドラギ元総裁は、ユーロ圏を揺るがした2012年の欧州債務危機を、ユーロを救うために「必要なことは何でもする」と市場に宣言しただけで解決した。
市場は総裁を信じたのだ。まさにスーパーマリオである。
中央銀行に対する評価が高いのは、1970年代から80年代にかけての政治的・経済的に厳しい環境下で、中央銀行がインフレ目標の達成に成功したことが根底にある。しかしインフレ目標は、当時は非常に達成しやすかったということがわかっている。
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中国を含むアジア、南米など輸出志向型の経済が台頭し、世界に安価な商品が溢れるようになった。船舶輸送はITとコンテナ輸送によって変貌を遂げた。そのため、商品はかつてないほど短時間かつ低コストで消費者の元に届けられるようになった。
そして、先進国の中央銀行には、他の時代なら深刻なインフレを招いたであろう戦術を、重要なインフレ目標に対する中央銀行の信頼性を脅かすことなく、ましてや外すことなく展開する裁量があった。
2008年の金融危機後に実施された何兆ドルもの量的緩和から、ドラギ元総裁が市場に取り付けた見事な約束まで、多くのことは幸運にもインフレが長い間、おとなしかったために可能だった。
現在の中央銀行は、より謙虚にならざるを得ない。インフレは「一過性」であるとした当初のFRBの見立ては、今でも変わらない。ジェローム・ パウエル議長は、0.75%ポイントの利上げは「選択肢にはない」と、かつて自信満々だったガイダンスを撤回し、しっかりと選択肢に組み込まなければならなくなった。 イングランド銀行は昨年11月、確実に利上げに動くように見えたが、踏み切ったのはその一カ月後で、市場には非難の声が上がり、動揺が走った。フランクフルトでは6月、クリスティーヌ・ラガルドECB総裁がユーロ圏の債券市場における投機的な攻撃について議論するため、通常理事会の直後に緊急会議を招集しなければならなかった。
投資家は、ドラギ総裁時代のように、言葉だけでは納得しない。彼らは実際の対応策を見たいのだ。
中央銀行が完全にコントロールできるわけではない
もちろん、インフレはFRBを含む中央銀行が完全にコントロールできるものではない。新型コロナウイルス感染症の拡大はサプライチェーンに深刻な打撃を与え、ウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻が事態をさらに悪化させ、米中間の地政学的緊張もさらに高まっている。
これら3つの重石はいずれ取り除かれる可能性があり、願わくば、世界の物価に良い影響を与えてほしいものである。
しかし、それでも、ここ数十年間の制限のないグローバル化は、物価を維持する上で非常に重要なものであった。シンガポールのリー・シェンロン首相は今月、建国記念日の基調講演で、このことを簡潔にまとめている。
「基本的現実として分かっているのは、国際的な経済状況が根本的に変化していることだ。パンデミックやウクライナ戦争だけが作用しているのではない」とリー首相は述べた。
そして聴衆に目を見据え、物価が安くて安定していた時代は「終わった」と語りかけた。おそらく地球上で最も開かれた貿易経済の政治指導者がそう言えば、それは重要なことだ。
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推薦者: DailyFX Team
国や企業は、たとえコストが上昇しても、より安全な現地生産と柔軟なサプライチェーンシステムの確立を優先させるかもしれない。
もちろん、中央銀行がコントロールできる金融情勢に対して中央銀行が与えるインパクトも重要である。マネタリストのインフレ目標の基礎はすべて崩壊し、何か別のものが必要だとするお決まりの分析はあるだろう。ただ、このようなことには慎重にならなければならない。世界情勢が何年にもわたってインフレ目標を重宝してきたという事実だけでは、このゲーム全体、すなわちインフレ目標を中心としてきた金融政策全般に終止符を打つのに十分ではない。中央銀行は強力な武器を持っており、それを使う意志を示している。
金利の決定はもはや痛みを伴わないものではない
ここで注意しなければならないのは、中央銀行の決断は、借入コストの上昇という点で、これまでの世代よりも現実の経済にもっと大きな痛みを伴う可能性があるということである。インフレとの戦いの記憶がない人たちが、このことをどう受け止めるかはまだわからない。
市場では、物価上昇と通貨を最もうまくコントロールした国がその日、市場の恩恵を受けるようだ。金や、消費者物価指数に連動する債券といった旧来のインフレヘッジは、持続的に需要が増加すると思われる。物価が下落しても、こうしたインフレヘッジ資産は、中央銀行の信頼性が揺るがなかった時よりも高い水準で底入れするだろう。



株式市場では、消費者が節約し、関心が生活必需品に向くため、贅沢品関連銘柄が苦戦を強いられそうだ。石油と天然ガスの価格が急上昇しているため、今後数年間は必要不可欠なものでさえ、入手するのに多くの人が苦労することになりそうである。一方、米国の銀行収入は過去最高水準に近づいている。米S&Pグローバル・マーケット・インテリジェンスによると、商業銀行、貯蓄銀行、貯蓄貸付組合は第2四半期に932億ドルを稼いだという。金利が上昇すると、借り手は来週まで待つよりも、今得られる取引を確定させたいという衝動に駆られるものである。
しかし、市場が今後長期にわたって繰り広げる可能性がある大きな戦いの相手は、「生の」インフレ数値だ。現在の米国のインフレ率を見るには、変動の大きい食品とエネルギーを除いた米消費者物価が参考になるかもしれない。このいわゆる「コア」指数は、2021年に続いた2%前後から短期間で上昇し、6.6%に達している。
このような物価上昇は、中央銀行が最終的に以前のような信頼性を取り戻したとしても、投資家がより頻繁に目にし、慣れなければならないものだろう。
--- DailyFX.com デイビッド・コトル著
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